蔵便り

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僕が酒を造る理由
2015.10.29

 

佐賀へ久々に帰り、いろんなことを思い出しました。

 

なんとなく、そのときのことをつらつらと書きたくなったのでここに書いておこうと思います。

 

 

 

酒のしぼり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小さいころは毎年、おばあちゃんに会いに佐賀へ行くことが僕の恒例行事だった。

 

外に遊びに行って帰るといつも冷たいカルピスをおばあちゃんはついでくれた。

 

ごくごくとカルピスを飲み干す僕の姿を、ちりちりと煙草を燃やしつつ確認し、慣れた動作でおばあちゃんはおかわりを作った。

 

 

 

鳴り響く蝉の音、少し濃い目のカルピス、優しいメンソールの煙草の香り。

 

幼いころの思い出は今も色あせず、まだ僕の中で確かな感覚として存在する。

 

 

 

 

大人になって始めて蔵に入り酒造りに参加した冬、できたての新酒をおばあちゃんに贈った。

 

 

すぐに電話が来た。

 

 

『しゅんが造ったお酒ってすぐわかったよ。優しくて甘い味だから』

 

とても気恥ずかしかった。

 

 

 

『僕が造ったなんていえないよ。僕は米を洗ったくらいだよ』

 

 

 

『それでもしゅんが関わったんでしょう。おばあちゃんはこんなに美味しいお酒飲んだこと初めてだよ。しゅんがいい仕事したからだよ』

 

 

 

『そんなことないよ。でもうれしいよ。また贈るからね』

 

 

 

『楽しみにしてるわね』

 

 

 

あの電話からもう2年が経つ。

 

 

 

それからも、ちょくちょく僕はおばあちゃんに電話をした。日々の近況報告だとか、美味しいお酒ができてもなかなか売れない不満だったりとかそんなことを話した。

 

 

そのたびにおばあちゃんは

 

 

 

『しゅんが造ったお酒はおいしいから大丈夫だよ』

 

 

 

と言ってくれた。

 

 

気休めのお世辞くらいにしか思わなかったけれどその言葉を聞くと、なんだかとても心は安らいだ。

 

 

 

 

そんなおばあちゃんが、ぼけてきたと聞いたのは、年初めのころだった。

 

 

兆候はあった。

 

僕が電話してもなかなか名前を思い出してくれなかったり少し前に話した話題をすっかり忘れていたり。

 

 

外に出ることも嫌になってしまいご飯も宅配弁当になりデイサービスを呼ぶようにもなっていた。

 

 

 

決算末の喧騒も終わり落ち着いた頃、そんなおばあちゃんの様子を見に5年ぶりに佐賀へと足を運んだ。

 

家に入ると変わらないメンソールの煙草の香りがそこにはあった。

 

 

せめて僕だけでも元気な姿を見せたい、そう思い明るい顔をして

 

 

『しゅんだよ、久しぶりだね。おばあちゃん。なかなか行けなくてごめんね』と僕は話した。

 

 

 

おばあちゃんはそれを聞くと少し困ったような顔をした。そしてぽつりと

 

 

『遠いところから来たみたいだけど、誰の子供だったかしら。ごめんね』

 

 

と恥ずかしそうに僕に話した。

 

どうやら僕の親、つまりおばあちゃんにとっての子供の名前と顔は覚えているけれど、孫にあたる僕についてはすっかり忘れていたようだった。

 

 

『(母の名)の子供だよ』

 

 

 

と僕は言った。

 

 

『そうなんだねぇ。わざわざ来てくれて。最近は人と話すこともどんどん少なくなってね。さみしいものよ。』

 

 

『歳をとるってそういうことだよ』

 

 

『でもこうやってお話できるって幸せだわ』

 

 

『僕もそういわれると助かるよ。最近はお酒は飲むのかい』

 

 

『少しだけど飲むようにしているの』

 

 

『僕、お酒造りの仕事しているんだけど少し飲むかい』

 

 

『それは素敵ね。ぜひ』

 

 

 

おちょこが見当たらずマグカップを探してそこに酒を注いだ。

 

 

マグカップの底に見えるピーターラビットの顔がゆるんで見えた。

 

 

 

『少しだけにしておくよ。今年の新酒だよ』

 

 

『ありがとう』

 

 

ゆっくりとおばあちゃんはマグカップに口をつけた。

 

 

ずいぶんと力細くなってしまった喉にとくとくとお酒が通っていくさまが見えた。

 

少し無言があり

 

 

『思い出したわ。これ、しゅんが造ったお酒じゃないの』

 

 

 

 

2年前のお酒の味を覚えているなんてと驚き、僕は声を出すことができなかった。

 

 

なんとか出た言葉は、

 

 

『僕が造ったなんていえないよ。僕は米を洗ったくらいだよ』

 

 

2年前にも言ったセリフだった。

 

 

『あなたがしゅんなのね。私、あなたのことは忘れてるのにお酒の味は忘れなかったみたいね』

 

 

僕らはお互い笑いあった。

 

 

『そうだよ。僕がしゅんだよ。去年はお酒を贈らなくてごめんよ』と謝った。

 

 

気にしないでとおばあちゃんは手をふった。

 

そして思い出したような顔で

 

 

『あらいけない。カルピス買ってなかったわ。大好きだったわねカルピス』と話した。

 

 

『そうだよ。少し濃い目だからね』と僕は答えた。

 

 

鳴り響く蝉の音、少し濃い目のカルピス、優しいメンソールの煙草の香り

 

 

 

うるんだ目にあのころの夏がよみがえった。

 

 

来年はどんな感想が聞けるだろうか。

 

 

造ったお酒を全員に理解されなくてもいい。

 

 

たった一人でも自分のお酒を評価してくれる人がいるのならそこに酒を造る価値はあるじゃないか。

 

 

蝉はもう鳴きやんだ。

 

 

仕込みの冬が待ちきれない。

 

 

 

 

 

 

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文章下手なので、会話形式でかいてみたら・・なんか物語口調に(笑)

 

みなさんもご家族を大切にしてくださいね(^^)/


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